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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)366号 判決

控訴人 被告人

山岡実

弁護人

梨木作次郎

検察官

前田亮知

検察官

宮崎与清関与

主文

原判決中被告人に対する有罪の部分を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

但し本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

(訴訟費用負担略)

検察官の控訴を棄却する。

理由

検察官及び被告人並に弁護人の控訴趣意は各提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

検察官の控訴趣意(法令適用の誤)について

本件昭和二十七年十月二十日附起訴状記載の公訴事実は、被告人は犬島芳雄と共謀の上治安を妨げ、且つ警察官の生命身体を害する目的をもつて、昭和二十七年七月十五日頃富山市東岩瀬町古志町長野喜一方において、硫酸若干、ガソリン若干、塩素酸カリ若干を調合処理して爆発物である火焔瓶(瓶中に硫酸、ガソリンを入れ瓶の周囲に塩素酸カリを塗布した紙片を巻きつけ投擲すれば爆発炎上する様に装置したビール瓶又は四合瓶)十本を製造したというのである。原審は、右火焔瓶は法律上爆発物たるがために要する条件である爆発自体の作用によつて、直接公共の平和を攪乱し又は人の身体財産を傷害損壊する力、即ち爆発を惹起すべき装置を欠除しているから爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当しないものと判断して、被告人に対し無罪の言渡をしたものであることが判文上明らかである。

爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において、薬品その他の資料が、結合せる物体であつて、その爆発作用そのものによつて、公共の安全を攪乱し、又は人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものをいうと解すべきである。ここに「理化学上のいわゆる爆発現象」とは、原判決が原審鑑定人山本〓徳の鑑定の結果により判示しているように、物体の体積が急速に増大する現象である。即ち物質の分解又は化合がきわめて急速に進行し一時に多量の熱とガスを発生して体積の急速な増大を来す現象、換言すれば急激な化学反応によつて一時に多量の熱とガスを発生する現象を指称するものと解すべきである。

本件火焔瓶の原料、構造、装置は原判決の確定したとおりであり、その作用、性能については原判決が、前示鑑定人の鑑定により認定しているように火焔瓶を路面等に投擲して容器を破壊すると瓶の外側に附着している塩素酸カリに瓶内の硫酸が接触化合すると発熱し塩素酸を生じ塩素酸は更に分解して過塩素酸及び酸化塩素を生ずるこの酸化塩素は加熱によつて爆発的に酸素と塩素とに分解する性状のものである。それで塩素酸カリに硫酸が接触すると、これらの化学作用が急速に進行し、爆発的分解による発火が起り、これが瓶の破壊と同時に路面等に撒布されたガソリンに引火してその燃焼作用が起るものである。従つて本件火焔瓶の投擲等による破壊の結果理化学上のいわゆる爆発現象を惹起するものである。しかし前示鑑定人の鑑定の結果によれば、本件火焔瓶に装置されたごとき少量の塩素酸カリでは爆発の外に及ぼす効果は微少であり、ガソリンに引火燃焼せしめるマツチの作用をする程度に止まり、その爆発自体によつては、何ら公共の平和を攪乱し人の身体財産を傷害損壊する力のないものであることが明らかである。またこの爆発により発火がおこり可燃物たる、ガソリンに着火し燃焼が生じ通常の燃焼状態を生ずるのであつて、これを非定常燃焼ないし爆発現象とみることはできないことが明らかである。従つて本件火焔瓶のごとき構造、装置性能の限度においては、未だもつて、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物ということはできない。それゆえ原判決が、被告人の所為は罪とならないものと判断して被告人に対し無罪を言渡したのは正当である。論旨は採用し得ない。

弁護人の控訴趣意第一点(法律の解釈、適用の誤)について

所論の要旨は、原判示第二の被告人の所為は労働組合の役員として、団体交渉をするための行為であつて、団体交渉権の行使である。従つて労働組合法第一条第二項により罪とならないものであるというにある。しかし被告人が労働組合員の役員として団体交渉をすること自体が正当であるとしても、その手段としてなされた所為が社会通念上許容される限度を超えたものであるときはその行為は刑法第三十五条の正当の行為とはいえない。原判決挙示の関係証拠を綜合すれば、原判示第二の多数共同して器物を毀棄した上、住居に侵入した事実が十分認められ被告人の所為は団体交渉権の行使として社会通念上許容される限度を逸脱していることが明らかであるから刑法第三十五条にいわゆる正当の行為とはいい得られない。論旨は理由がない。

同第二点(事実誤認、採証の法則違反)について

しかし原判決挙示の関係証拠を綜合すれば原判示第一、及び同第二の事実が十分認められ記録を精査しても原判決には所論のような違法の点はない。所論は原裁判所の証拠の取捨選択及びその価値判断を攻撃するに過ぎないので論旨は理由がない。

同第三点(量刑不当)について

本件記録及び原裁判所で取調べた証拠により認められ、本件犯行は軽視できないが、被告人は本件犯行当時十九歳の少年であつたこと及び前科がないこと、本件犯行の動機、態様その他諸般の事情を綜合すると原判決が被告人を懲役八月の実刑に処したのはその量刑が些か重きに失すると認められるので、この点において、原判決は破棄すべきである。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十一条により原判決中被告人の有罪の部分を破棄し、同法第四百条但書により更に判決する。

(法律の適用略)

検察官の控訴については刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 成智寿朗 判事 伊藤寅男 判事 沢田哲夫)

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